ずっと待ってた猫 ~ 少女との出会いで自分の存在に気づき、最後の約束を交わす物語 ~➀
冷たい風が吹き抜ける路地裏で、私はいつものように小さく身を縮めていた。すれ違う人々の足音は遠く、乾いたコンクリートの地面を叩く風だけが、私の存在を確かめるように通り過ぎていく。薄暗い街灯の下、擦り切れたダンボールの中で膝を抱えるこの時間が、今の私にとっての「日常」だった。
心の奥底には、長い年月をかけて積み重なった「猜疑心」という名の壁がある。誰かが近づこうとするたびに、その壁は無意識のうちにより厚く、高く築かれていく。優しそうな声も、温かな眼差しも、すべてを拒むように。
別に、好きでそんな壁をつくったわけじゃない。むしろ、そんなものに囲まれて生きている自分を、情けなく思うこともある。本当は信じてみたい。手を伸ばしてみたい。誰かのぬくもりに触れてみたい。
だけど裏切られるたびに刻まれた傷は、そう簡単に癒えるものじゃなかった。壁の向こうにはまだ光があると思いたくても、それを確かめる勇気が足りない。
だから私は、今日もこうして冷たい風に身を任せながら、ひとりで夜を越える。

このころの私は、ただの猫だった。「ただの」と言っても、それは誰かにとってではなく、自分自身にとっての話だ。
名前もない。呼ばれることもない。私には、自分を「私」と呼ぶことさえ、どこか場違いなような気がしていた。
道端に咲く名もなき草のように、踏まれても、見過ごされても、それが当たり前だと思っていた。生きるために食べ物を探し、眠れる場所を見つける。それだけの毎日。
風が吹けば身を伏せ、雨が降れば屋根のある場所に隠れる。誰にも期待せず、誰にも頼らず、ただ静かに息をしていた。
名前なんてなくたって、生きてはいける。でも、ふとした瞬間に思うことがあった。
『もし、私に名前があったなら。もし、誰かに呼ばれる存在だったなら。』
その声を、私はちゃんと聞き取れるだろうか。そんなことを考えるたび、私はまたひとつ小さくなって、冷たい夜に身を沈めるのだった。
ある日――誰もが通り過ぎるその路地裏で、私の運命を変える足音が近づいてきた。存在しないはずの私の前に、その音は確かに届いた。
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